「トカトントン」(太宰治)①

この金属音は何なのか

「トカトントン」(太宰治)
(「ヴィヨンの妻」)新潮文庫

「トカトントン」(太宰治)
(「日本文学100年の名作第4巻」)
 新潮文庫

26歳の「私」は、ある悩みを
作家に書簡で打ち明ける。
それはある日を境に
「私」の頭の中で
「トカトントン」という
金属音が鳴り、
その瞬間に一切の情熱を
なくしてしまうというもの。
この金属音「トカトントン」は
一体何なのか…。

まもなく忘年会の続く時節となります。
宴会は決して嫌いではないのですが、
早寝早起きが
習慣となってしまった私にとっては、
夜9時以降の飲酒が辛いのです。
本を読む暇がなくなります。
その記事を書く時間がなくなります。
本を読んで
ブログを書くようになってから、
結構健全な生活をしていたことに
気付きました。

さて、「私」は
その「トカトントン」の音によって
どうなるのか。
身体の中から情熱というものが
消え去るのです。
ロシア文学に憧れ、
小説を書き綴るも、
その音で意義を感じなくなる。
郵便局員として
猛烈に仕事をこなすも、
その音で意欲を失う。
窓口を訪れる女性に
恋愛感情を抱くものの、
その音で熱情さえも消え失せる。
「トカトントン」は明らかに
「私」の何かを打ち砕く破壊音です。

しかし、「私」が
はじめに聞いた「トカトントン」は、
決してそうではないと思うのです。
「私」が玉音放送を聞いて
「死のうと思」ったときの金属音は、
実際に存在していた音です。
おそらくは建築物を修理修繕する音、
何かを造り上げる音であったはずです。

創造のための金属音が、
「私」にとっては
破壊に伴う音となっています。
つまり、
世の中の「敗戦からの復興」が、
「私」の精神の「根本の破壊」に
つながっているのだと考えます。
敗戦を機に、
人々が手のひらを返したように
自由を叫ぶ。
静かに日本を打ち砕いていく占領軍を、
国民は笑顔で受け入れる。
「私」の目に映るのは
戦後の世の中の無節操ぶりばかり。
それを冷静に
受け入れられるほどの柔軟さを、
「私」は持ち得なかったのでしょう。

戦争の時代を否定しつつも、
だからといって
しっぽを振るように新しい時代を
迎えることのできなかった
太宰の悲しみが、
ここに見て取れます。

そんなことを考えても考えなくても、
なぜか心に引っかかって抜けなくなる、
不思議な魅力を持った太宰の逸品です。
そういえば、
これを書いている私の頭の中にも
先程来「トカトントン」の音が
聞こえてきます。
これは昨日の宴会後の
単なる二日酔いか…。

(2018.11.22)

【青空文庫】
「トカトントン」(太宰治)

2件のコメント

  1. 太宰の作品で一番に薦める短編です。もっと知られてよいと考えます。

    1. コメントありがとうございます。
      私もこの作品が大好きです。
      「人間失格」ばかりが前面に出てしまい、
      他の多くの素晴らしい作品が埋もれがちなのは
      もったいない限りだと思っています。

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